三津浜(愛媛県松山市)

『全国女性街ガイド』によれば、松山の赤線は外港の三津浜にあり、「八十四軒、百六十九名」という規模だった。

かつては城下町・松山の”海の玄関口”として栄え、夏目漱石も松山中学に赴任した際に降り立った。

『坊っちゃん』にも主人公が三津浜港を降り立ち、そこから「マッチ箱のような」列車に乗って赴任先に向かう描写がある。

三津浜には往時の繁栄がうかがえる古い街並みが残っている。

また「稲荷新地」と呼ばれた遊郭も存在し、『全国遊郭案内』で「貸座敷業が十一軒あつて、娼妓は約百四十人程」と紹介している。

三津浜の赤線は遊郭から引き継がれたものだろう。



伊予鉄道三津駅

一昔前には創設当時の古い駅舎があったそうだが……

三津駅の真ん前に戦前築らしきタバコ屋がある

三津駅から伸びるメインストリートに建つ

「松山油槽船」という看板がいかにも港町らしい。

旧病院らしいモダン建築

旧今治商業銀行

三津の街並み

旧浜田医院

大正年間築。

この通りはかつて病院が建ち並んでいた。

三津浜港には洋風のファサードを持つ看板建築が建ち並ぶ(以下2枚)

三津の渡し

対岸の高浜まで結ぶ渡し船

戦前建築が向かい合うように建っている。

左は石崎汽船旧本社(大正13年)

右は山谷運送部(大正年間)

路地裏にもカフェー建築のような建物が。

稲荷新地の遺構と思われる建物(以下3枚)

建物の規模からして大店だったと思われる。

稲荷新地の街並み

稲荷新地の街並み

稲荷新地の向かいに古いアーチの骨組みが残っている

アーチの先には古い飲み屋が並んでいた。

恐らく赤線跡か。(以下2枚)

「二十歳未満のお客様はおことわりいたします」という注意書きがあるが、どんな営業をしていたのだろうか。


2015年1月 訪問