歌舞伎町(新宿区歌舞伎町)

説明不要、東京はもとより日本を代表する大歓楽街。

その歴史は新しく、現在のような街並みができたのは戦後に入ってから。

当初は沼を中心にした窪地(界隈の地番「大久保」はここから由来)で、明治時代は鴨場だった。

市街地化したのは大正に入ってからで、淀橋浄水場(現在の西新宿副都心)の造成で出た残土を埋め立て住宅街に。

付近に府立第五女学校や陸軍用地があったこともあり、軍部や官僚などが住む高級住宅街だった。

戦後、昭和25年にこの地で開催された東京産業文化博覧会をきっかけに、歌舞伎演舞場を中心にした芸術や文化の繁華街にしようと開発が計画、「歌舞伎町」の町名はここから生まれた。

結局、演舞場の建設は頓挫、予定地に新宿コマ劇場が建つにとどまるが、ミラノ座や地球座(現ヒューマックス)などの映画館や飲食店が進出、やがて風俗店も建つようになり、現在のような大歓楽街になる。

新宿の赤線は二丁目だったが、歌舞伎町や周辺には「歌舞伎新町」「新宿センター」「花園町」「三光町」などといった青線が点在、「花園町」「三光町」は現在「ゴールデン街」と称する飲み屋街となる。


歌舞伎町の入り口にあたる靖国通り沿いには飲食店が入る雑居ビルが並ぶ

歌舞伎町の街並み

飲食店や風俗店が混在する雑多な歓楽街

歌舞伎町の街並み

正面に見える大きな建物は新宿区役所。

区の行政の中心地の周囲に”食欲”や”性欲”を満たす店舗が集結する。


王城ビル

かつては純喫茶「王城」が入っていたが閉店。

現在はカラオケ店や居酒屋が入る雑居ビルに。

歌舞伎町弁財天

かつてこの辺りが沼地だった。

新宿センター街

昭和26年にできた青線街が始まり。

新宿センター街の街並み

現在は青線当時の雰囲気を残す飲み屋街に。

新宿ゴールデン街

もともとは新宿遊郭付近で商売していた露天商が移ってできた青線「花園街」。

厳密にはこの通りが「ゴールデン街」と呼ばれる。

花園三番街

新宿駅東口で尾津組が仕切った「竜宮マーケット」が移転してできた青線「三光商店街」が起源。

現在はこの「三光商店街」をもひっくるめて「新宿ゴールデン街」と称されている。



花園一番街の街並み

青線当時そのままの外観を残している。

新宿ゴールデン街の街並み

当時は1階が”飲み屋”、2階が居住空間で、3階で”商売”をしていた。

花園神社境内から望む新宿ゴールデン街


2015年10月 訪問