洲崎(江東区東陽)

明治21年に根津から遊郭を移転。

『全国遊郭案内』によれば、「移転当時は僅々数十軒の同業者に過ぎなかつたが、今日ではすでに二百六十八軒を数え、娼妓も約二千五百人」と成長。

戦災で焼失後は赤線「洲崎パラダイス」に推移、『全国女性街ガイド』によれば「百十一軒五百六十名」という規模だった。


旧洲崎橋から眺める仲ノ町通り

洲崎遊郭はこの通りを中心に区画がなされていた。

向かって右側が洲崎弁天町一丁目、左側が同二丁目。

空襲で焼失し、戦後は赤線地帯になるが、カフェー街は二丁目に偏って分布していた。

洲崎橋跡を示す石碑

この橋を渡ると洲崎遊郭の大門。

大門跡には、「洲崎パラダイス」のネオンがアーチ状に輝いていた。

メインストリートの仲ノ町通りの交差点に残されていた遺構(現存せず)


上記写真の建物を別角度から撮影

戦前は「橋本楼」、戦後は「サンエス」という屋号のカフェーだった。

特徴のあるファサードを持つ建物

これも赤線遺構か

旧弁天町二丁目に残る看板建築


旧弁天町二丁目に残る建物

旧弁天町二丁目に残るスナック店舗

旧弁天町二丁目に残る建物


旧弁天町二丁目の街並み


2011年11月 訪問