中書島(京都市伏見区)

伏見にはかつて遊郭が3カ所(「橦木町」「墨染」「中書島」)存在し、明治終わりに廃止された「墨染」を除く他2カ所は戦後まで赤線として存続。

『全国遊郭案内』によれば、昭和5年当時「貸座敷は現在八十四軒あつて、娼妓は約四百人」。

旧十六師団が近くだったこともあって、繁盛していたことが想像できる。

『全国女性街ガイド』によれば、昭和30年当時「六十九軒に二百二十八名」。

現在は閑静な住宅地、遺構は徐々に失われている。


京阪電車中書島駅を降りて北に進むと、モダンな銭湯が見える。

昭和初期に建てられたものと思われる。

西柳町

かつては料亭だったか。

現在は居酒屋。


東柳町

『赤線跡を歩く』にも出てきた建物。

東柳町

上記写真の建物と棟続きの建物。

東柳町

上記写真と同一建物。

「木津乃家」という看板がかかっている。

中書島から蓬莱橋を渡ると、商店街が続く。

寺田屋

幕末の激動の舞台ともなった旅籠。

酒蔵が集まる伏見の街並み

橦木町遊郭跡

唯一といえる遺構はこの石柱のみだった。


訪問 2012年3月