五条楽園(京都市下京区)

江戸時代から「七条新地」と呼ばれた花街で、通称「橋下」とも。

『全国女性街ガイド』のよれば、「百六十八軒に七百五十名の女たちがいる」という規模で、「京都的というより全国赤線的なシマ」だったとも。

最近まで現役の”花街”だったが、2010年に当局の摘発を受け、現在は文字通りの色街”跡”に。

訪問当時は、さほど広くないエリアに妓楼建築やカフェー建築が多く健在だった。


五条大橋
五条大橋

牛若丸と弁慶の”対峙”で有名な五条大橋。

五条楽園は、この橋の南側に高瀬川を沿って広がっている。

五条新地の街並み

五条楽園の街並み

狭い路地にお茶屋が建ち並ぶ

五条楽園の妓楼建築(以下3枚)

五条楽園のカフェー建築(以下5枚)

上右は冒頭写真と同一の建物

五条楽園に建つ旅館(以下2枚)

スクラッチタイルに覆われた妓楼建築が残っていた。

五条楽園歌舞練場

旧任天堂社屋


2012年5月 訪問