橋本(京都府八幡市)

『全国遊郭案内』によれば、「貸座敷の組合員が七十五人居り、娼妓は四百七十人、芸者は三十名」という規模。

戦後は赤線に移行、『全国女性街ガイド』によれば、「七十五軒に二百六十二名」という規模で、「関西の粋人は京阪神を避け橋本にこっそりやってくる」とか。

赤線廃止後は閑静な住宅街だが、ここまで妓楼建築が高密度に残る街並みも珍しい。


京阪電車橋本駅を降り立つと、すぐそばに巨大な木造建築が見える。

現在はアパートで居住者もいるようだが、かつては旅館だったのだろうか?

橋本駅前の街並み

駅前にありがちな商店街はなく、すぐ住宅街。


駅前に建つ食堂「ヤオリキ」

踏切の先にある木造の妓楼建築。

空地の前にタイル貼りが残る。

やはり、かつて妓楼が建っていたのだろうか。

古い道標が残っていて、「左 いせ京伏見」の文字が残る。

この通りはかつての京街道だったと思われる。

京街道に残る妓楼建築

上写真と同一建築。

美しい松の彫刻欄間が残る。

橋本には保存状態が良好な彫刻欄間を残す妓楼建築が多い。


旧京街道の街並み

ほぼ同じ軒線の高さで新旧大小さまざまな妓楼建築が並ぶ。

エメラルドグリーンの豆タイルが綺麗な妓楼建築1階のみならず2階にも彫刻欄間が残る。

旧京街道沿いに残る「多津美旅館」

上写真「多津美旅館」に残るステンドグラス

旧京街道に残る妓楼建築

旧京街道に残る妓楼建築

古い防火槽には「栄楼」の文字が見える。

旧京街道に残る妓楼建築

1階にスナックが入る。

戦後にカフェー建築風に改築したのだろうか。

旧京街道にある銭湯「橋本湯」

古い橋本中之町の案内図が残っていた。

前述の「矢尾力食堂」「多津美旅館」「橋本湯」の名が見える。

そこに載っている商店のうち現役なのはどれぐらいだろうか。

2012年3月 訪問