福原(神戸市兵庫区)

兵庫開港に伴い、明治元年に公認された遊郭。

『全国遊郭案内』によれば、「貸座敷が九十三軒あつて、娼妓が千三百二十人」という規模だった。

戦災で焼失し、戦後は赤線に移行、「湊川公園から新開地にかけて四百三十一名」という規模だったが、一方で「衛生施設の悪いことは大赤線では日本一」とも(『全国女性街ガイド』)。

また、福原遊郭内には共立検と呼ばれる検番もあり、「芸者は六十名ほど」だった(戦前は二千名もいた)。

赤線廃止後、福原は関西を代表する特殊浴場街として知られるようになる。


福原のメインストリート”桜筋”

もう一つのメインストリート”柳筋”

”桜筋”も”柳筋”も特殊浴場が建ち並ぶ。

”柳筋“の街並み

現役の特殊浴場が建ち並ぶ。


廓内に建つ金刀比羅神社


玉垣には「共立検芸妓組合」の名が見られる。

福原遊郭の信仰を厚く受けていた証である。

金刀比羅神社境内から臨む福原の街並み

福原に残る赤線建築

特殊浴場建設ラッシュに加え震災の打撃もあって、当時の遺稿と呼ばれる建物は少ない。

福原の路地裏

特殊浴場が並ぶメインストリートから路地に抜けると”飲み屋”や”旅館”が並ぶ光景を目にする。

転業旅館と思われる建物

妓楼を思わせる建物が残っていた

赤線当時のものと思われる建物

福原横丁

両側に飲み屋が並ぶ。


2015年11月 訪問